“日本国中ほとんど歩いてしまった”山下清は、昭和36年、39歳の時に40日間のヨーロッパ旅行をしています。もちろん一人ではなく、面倒を見てくれていた式場先生と一緒に。その時の旅日記がこの『ヨーロッパぶらりぶらり』なのですが、これまた面白さが一段とグレードアップしていました。まず旅行に行く前からして珍道中なんですの。
「外務省に行ったら何のためにヨーロッパに行くのか聞かれるのだが、お前は何と答える?」
と先生に聞かれて、
「絵をかくためとめずらしいものを見物するためです。それから、大勢の人のなかには立小便をしたり裸になったりする人間もいるかもしれないからそういう人を見たい。一番見たいのはヨーロッパのルンペンです」
と答えて怒られたり、
「日本で放浪していた時は服はいつも川で洗った。ロンドンには大きな川があるのにどうしてそこで洗ってはいけないのかな」
と言って困らせたり、飛行機の中でトイレに行こうとしたら、間違えて非常口のドアを開けようとして
「ここをあけたら空中へほうりだされてしまいます」
とスッチーさんに注意されたり、着陸で傾いた飛行機の天井からエアコンの水がぽたりぽたりと落ちてきて、30億円もする飛行機から雨が降ってくるはずはないといってベルトをはずして歩き回って大騒ぎしたり。
日本を発った6月9日がもう一度くることやお風呂とトイレが一緒の西洋式のホテル、チップの習慣など、毎日が驚きととまどいの連続だったようですが、あいかわらず淡々と、感じた通りに素直に書いていて、ときどき話が大きく横道にそれちゃったりするのんですがそれがまたいいんですの。
訪れた国々はドイツ、スウェーデン、デンマーク、オランダ、イギリス、フランス、スイス、イタリア、エジプトだったそうで、最後のエジプトで見たプラミッドを、「とても人間の墓とは思えないな。こんな墓に入れるのはゴジラかキング・コングだろうな」という発想はゆきぴゅーも同感です。
一番好きなのはエッフェル塔の展望台に上がった時のこの一文ですの。
「先生、この望遠鏡はいつになったらカチッというのかな」ときくと、どうものぞいている間はカチッとはいわないらしいので、それではゆっくりみましょうと思ったら、さとしさんがラムネみたいなのをもってきてくれたので、望遠鏡の前で番をとったまま、ゆっくりのんだ。とてもつめたくて、あまくて、これをのんでからまた望遠鏡をのぞけると思うと気持ちがゆっくりして、ヨーロッパへきてこんなおいしい飲みものははじめてです。
コインを入れると動く望遠鏡を長い時間独占できたうれしさ、しかもそれがおいしいジュースを飲みながらだったという彼なりの最上級の幸せがよくわかる、とってもすてきな文章だなと思いました。
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